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【特集】最高潮07年までのハーレーJの取り組み(中) 鈴木メモ

【特集】最高潮07年までのハーレーJの取り組み(中) 鈴木メモ

2022.04.01

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【特集】最高潮07年までのハーレーJの取り組み(中) 鈴木メモ

前回3月1日付で掲載した、ハーレーダビッドソン(HD)が日本市場で旋風を起こしていた当時、ハーレーダビッドソンジャパン(HDJ)を率いていた当時の奥井俊史・社長を、1995年から2007年までの間、同社の取り組みを取材したメモを前回に続き公開して行きます。

 

1995年の当時、HDJの販売台数は年間では約4700台で、その頃の奥井氏の施策は、将来の販売拡大のために、主に社内体制やディーラーでの販売体制の基礎固めに取り組んでいたと記憶する。2008年まで奥井氏が率いたHDJは、日本の巨大メーカーをも圧倒する日本市場で2021年の2倍以上におよぶ約1万6000台を販売していた。この販売台数は米ハーレーの輸出国ではカナダを抜いてナンバーワンであった。日本でも751㏄以上の市場ではトップメーカーとなった。

 

時代は変わっても、経営の基本や販売の基本は大きく変わることはない。変わるのは、基礎の上のその時々、時代に合わせた戦術といえるだろう。以下はHDJが最高に上り詰める1年前まで、奥井氏を取材してきたなかで「経営方針・姿勢、発言」「ディーラーでの施策」「販促策」などについてのメモを公開。今回は2回目で主に「ディーラーでの施策」についての取り組みを取り上げた。

 

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